日本大学第三高等学校硬式野球部応援団TOPICS

アクセスカウンタ

zoom RSS 本塁打4発の猛攻で王子総合を破る。

<<   作成日時 : 2016/09/25 18:16   >>

トラックバック 0 / コメント 0

画像


■2016秋季都大会一次予選 9月24日(土) 三高G
王子総合  0 10 00=0  H3 E0 (5回コールド)
日大三高 10 00 5x=15 H11 E0

(三)櫻井−津原
(王)岡田、鈴木−遠藤

[本]井上、金成、櫻井、溝口(三) 
[三]
[二]八木、井上(三) 山合(王)
盗塁 三高2 王子1

櫻井(三高) 5回   被安打3 奪三振4 与四死球3 失点1
岡田(王子) 2/3回 被安打5 奪三振0 与四死球4 失点8
鈴木(王子) 3回1/3 被安打6 奪三振1 与四死球3 失点7 

【王子総合】
画像

【日大三】
画像
うすいブルーは左打者。丸数字は学年。とくに表記のないものは2年生。打者間の二重線は投手交代機。


三高は、初回から先頭・井上くんのソロ、金成くんの満塁弾、八木くんのツーベース、櫻井くんの2ランなど打者一巡の猛攻で一挙10点。午後から雨との天気予報のなか、早々と試合を決めました。四回裏にも2試合連続となる溝口くんの2ランが飛び出し、全11安打中、本塁打4、二塁打2の長打攻勢となりました。

一方、5回を完投した櫻井くんは二回表、先頭4番の遠藤くんに四球を与えると、続く5番山合くんにセンターオーバーの二塁打を許し、無死二、三塁。6番徳山くんの空振りスイングがキャッチャー津原くんのミットが当たり、打撃妨害となって無死満塁。このピンチを次打者・鈴木くんのサードゴロの間の1点に抑え、都合3安打1失点にまとめました。こまかいコントロールが今後の課題かもしれません。

スコアボードの上の時計、いつ設置されたんだろう? 前はなかったと思うのだけれど。

画像


【秋季一次予選結果】
9月10日(土)14:00 ○10−0 青稜 (6回コールド)
9月24日(土)11:00 ○15-1 王子総合(5回コールド)
会場:日大三高野球場

画像
連日の雨の中の試合とあって、外野の芝も荒れ気味。三高の試合の後、タイミングを見計らったかのように降り出した雨で、農大一×高島戦は中止となりました(25日に再々々々延期となって、結果3-0で高島がC代表に)。


【一次予選ベンチ入りメンバー】
1 岡部 仁   (東京青山シニア/東京・和田中)
2 津原瑠斗  (長崎海星シニア/長崎・海星中)
3 金成麗生  (相模ボーイズ/神奈川・相陽中) 
4 大西 翔   (武蔵府中シニア/東京・日野四中)
5 井上大成  (相模ボーイズ/神奈川・南毛利中)
6 日置 航@  (上田南シニア/長野・上田二中)
7 比留間海斗 (友部シニア/茨城・岩間中)
8 櫻井周斗☆ (新座シニア/埼玉・所沢東中)
9 八木達也  (神奈川・大沢中・軟式)
10 田口仁平  (東京・上一色中・軟式)
11 山崎奨斗  (四日市ボーイズ/三重・内部中) 
12 高橋 遼   (東京城南ボーイズ/東京・清瀬三中)
13 佐藤拓海  (友部シニア/茨城・田彦中) 
14 長谷川央都 (小山ボーイズ/栃木・西方中) 
15 柳沢真平@ (東京練馬ボーイズ/東京・西台中)
16 金子 凌 @ (小山ボーイズ/栃木・三和中) 
17 溝口耕平   (藤沢シニア/神奈川・金旭中) 
18 中村奎太@ (千葉・八千代松陰中・軟式)
19 木下 颯    (江戸川南ボーイズ/東京・麹町中) 
20 吉見樹之介 (世田谷ボーイズ/日大三中)

主将:櫻井 副将:大西、比留間


【今後の主な予定】
10月3日(月)秋季本大会組み合わせ抽選会
10月8日(土)秋季本大会開幕
11月3日(木)秋季本大会決勝
11月11日(金)〜15日(火)第47回明治神宮大会


■「甲子園に吹奏楽部 ルーツ日大三高?」余話
先日、甲子園でのブラバン応援は三高が始めた? という朝日新聞の記事をご覧になったEさんから、当時のブラバン応援にかかわる貴重なお写真をお寄せいただきました。それは、ブラバンの応援は球場ばかりではなく、宿舎でも行われていたという、すごい写真。宿舎の方もよく許して下さったものですね(笑)

画像

アルバムのメモには「若林先生 宿舎にて激励演奏 昭和27年夏 甲子園 小西旅館」とあります。若林先生とは、新聞記事でも紹介されていた若林文先生。当時は男子校の三高。当然、吹奏楽部も男子ばかり。写真を見ると太鼓も叩いてドガチャカやったみたいです(笑)

Eさんによれば、若林先生は「武骨な男子校に舞い降りた鶴のような優雅で気品のある方だった」「しかし、授業では悪童共に容赦なく美声で叱咤されていた」そうです。

小西旅館は、国鉄「甲子園口」駅と阪神「甲子園」駅の中間にあった旅館とのこと。現在、甲子園出場の際の旅館は東京都高野連の指定旅館・ホテルを東・西東京代表が変わり番こに使うかたちになっていますが、当時は出場校が独自に手配していたそう。当然、貸し切りで、そうであったからこそできたのでしょう。それにしても、当時の学園の応援熱はすごいですね。

画像
左端の濱谷先生は、のちの校長先生。その右隣りに三高歴代No.1左腕の呼び声もある若杉さん(日大→近鉄、のち三高野球部監督)、バッテリーを組んだ小島さん、福井主将の野球部メンバー。

画像
甲子園から小西旅館まで歩いて移動する吹奏楽部の皆さん。周囲はまだ草深い郊外といった風情。

画像
三高の熱い応援をリードしたのは、なんと言ってもこの方、鎌田彦一理事長。鎌田先生の指笛応援は三高スタンドの名物でした(昭和27年夏、甲子園で)。

画像
                 朝日新聞・9月3日付夕刊より






画像






月別リンク

本塁打4発の猛攻で王子総合を破る。 日本大学第三高等学校硬式野球部応援団TOPICS/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる